アンコールクッキーから農業に転身した『マダムサチコ』の カンボジア日記

カンボジア、世界遺産アンコールワットのある町シェムリアップで、カンボジアの女性たちの雇用の場を作ろうという想いから、2004年にお土産物屋『アンコールクッキー』を創業。12年間にわたり社長として事業を牽引し年商3億円の事業に発展させる。2016年にアンコールクッキー社の体制を変更し、新経営陣に運営を託し、新たな夢へ挑戦中。アンコールクッキーの原材料をカンボジア国内に追い求める中でたくさんの農家の人たちと出逢い、カンボジアの農業がなぜ魅力的な産業になれないのか、なぜ私たちの食を支えてくれている農家の人たちが選択肢のない貧しい生活を強いられるのか、カンボジアの主産業である農業をもうかる産業にできないのかという想いがわいてきて、40ヘクタールの農園をシェムリアップ近郊に所有し、農業の6次化によって出稼ぎにでなくても生まれ育った村で家族と共に暮らせる幸せを実現できる村づくりを目指して奮闘中。シェムリアップ暮らしも早18年目。すっかりカンボジア感覚になっている日本人の目線で、カンボジアからフレッシュな情報とカンボジアの日常をつづるブログ。

最近友達との会話の中で、「ご先祖様があっての今の自分なんだよね」とかいう言葉を発することがよくあります。
昨夜も女子会(女子会とかいう言葉を使うことがちょっと笑えます・・・・・でも使ってみたい 笑)をして、といっても女友達と2人でお酒を飲みながら気づいたら5時間もたっていたというほどよくしゃべっていたという夕食の時間、同年代女子との会話はやっぱり楽しくて今までの人生、そして今を生きること、そしてこれから。。。。と話は尽きない。

そういう中で、親のことを話すことも増えてきた。これが年を重ねるってことかな。

私は初対面の人から、親御さんは何をされているんですか?どういう育てられ方をしたんですか?となんだかネガティブなのかポジティブなのかよくわからない質問を受けることがよくあります。
たぶんそういう質問をされる方から見ると、私はあまりにも突拍子もない生き方というか考え方とかをしているのかもしれないですね。だからそれは親の影響かと思われるわけですね。

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母の故郷(群馬県沼田市)

私の両親は私のように海外へ出てみたいというタイプの人たちでもなく、今も2人とも健在で群馬に住んでいます。2人とも70代半ば、団塊世代のちょっと前に生まれて戦後の世の中を生きてきた人たちです。
東京に生まれた父と、群馬生まれの母が友人の紹介で出逢っていなければ、私は今ここにいないわけですから、今ここに命を与えていただいて生きているっていうことはものすごい奇跡なのだなぁと思います。

自分の人生を振り返ってみると、親に何かを相談したということはほとんどなく、自分がやりたいことを自分で決めてきて親に事後報告ということばかりで、カンボジアに赴任することが決まった時も事前に全く相談もせずに突然「来月からカンボジアで仕事が決まったからカンボジアへ行ってきます」と報告。
親からすれば、え?何?カンボジア?!って感じでしたよね、きっと。

大学3年の時に大学での勉強に意味を見出せなくて学校を辞めようって決めた時も、横浜のアパートを引き払って引っ越し屋さんに全部荷物を運んでもらって自分は群馬の自宅に帰宅。
「あれ〜、突然帰ってきてびっくり!学校はお休み?」と娘の久しぶりの帰宅に喜ぶ母に、「学校やめるからアパートも引き払ったよ、荷物ももうすぐ着くから」と事後報告。唖然とする母。

さすがにこの時の自分の行動はよかったのか?と後から省みた。

私が大学に合格した時に、両親は本当に喜んでくれた。特に普段はめったに喋らない父が、自分の子供が大学に入ったということを殊更に喜んでいた姿を見て驚いた。
父は家庭の事情で中学を卒業して働かなくてはいけなかったので、大学なんて行けなかった。そんな自分の子供が大学まで行けたということがものすごい喜びだったらしい。そんなことを一度も聞いたことがなかったから、学歴社会の中で父が大変な思いをしながら私たちのために働いてきたてくれたんだなぁと思ったりもした。

それなのに、せっかく合格して親にお金を出していただいて大学に入ったのに、簡単にやめることを決めて(自分の中では簡単ではなく、必死に考えてだした結論だったんだけど)「大学にやりたいことがないってわかったからやめることにした」という一言で片づけるのはあまりにも失礼だったなと。
(後日、大学は休学にしておいて旅にでて、最終的には大学に戻り1年遅れで卒業しました)

そして、大学を卒業しても就職しないでフリーターをしていた私。
朝のミスドから始まり、酒屋とか居酒屋とかファミレスとか1日3つとか掛け持ちしてバイトをしていた。
自分なりには色々と考えがあってのことだったけれど、親からすればせっかく大学まで行かせたのに。。。。という想いがなかったわけがないと思う。

でも今こうやって振り返ってみると、そういう私の勝手な行動や決断に対して両親から何かを言われたことは全くなかった。
いつも私のやることを黙ってみてくれていた。

カンボジアに来てから17年。
母から「幸子がカンボジアに行っていると知ったお友達に、『よく10年以上も前にカンボジアに娘を行かせたわね〜、反対しなかったの?』ってよく云われるんだけど、自分で決めたことを誰かに反対されたからってやめる子じゃなかったからね。親が反対してもやめるわけないってわかっていたしね」と最近言われた。
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母と2人の写真も3年前くらいもの。最近一緒に写真も撮っていないなぁ。


たぶん、親のほうが心配で眠れない日々を過ごしていたと思う。
けがで入院したり、病気になったり、今のパブストリートに15年前にお店をだしたけれどある日全部盗まれてしまってお店がもぬけの殻になっていたり、その後今の会社を立ち上げて寝る間もないほど働きづめていたり、私は必死で無我夢中で毎日を過ごしていたけれど、親からすると何も手助けができずにただ見守るしかない日々、歯がゆい思いもたくさんあっただろうな。

それでも私のやることをすべて信じてくれていつも見守ってくれてきた両親。
18歳で親元を離れて、そばにいてあげることもなく、自分の好きなように生きている娘に
『どこにいようと、幸子が笑顔で幸せで毎日を過ごしていることが何より幸せ』と言ってくれる。
そんな親がいるから私は安心して生きていられるのだと思う。

これからも私は日本に戻って暮らすことはないし、そばにいることはないけれど、距離は離れていてもお互いを思う気持ちがあれば、それで十分だと思う(という子供の勝手な都合・・・)

ご先祖様から受け継いだ尊い命を大切に自分の人生の使命を全うすることが何よりの親孝行だと信じて、まだまだ道半ば、あと30年自分の使命を全うして生きていきたい。








日々進化するシェムリアップの街。
カンボジアに住んでいるなんてすごいですね、不便で何もないんでしょう〜、食べるものとか大丈夫なんですか?

な〜んてことを未だに心配されるけれど
シェムリアップは我が故郷、前橋の街よりも何倍も賑やかでレストランも飽和状態くらいあって世界中の料理が食べられてしまう。
食生活で困ることなんて皆無です。

〜朝と昼の食事は身体のために食べ、夜は心のため(楽しむため)に食べる〜

を自分の中の習慣にしているので、朝昼は基本的に家で自炊、夜は友達と好きなものをいただくという毎日で、自分なりに健康管理に気をつけています。

日本食が食べたくなることはほとんどないし、毎日二食のお食事は自分の好みに作れるので、夕食は今日は何を飲みたいか?と誰と一緒か?でお店を決めています。

最近のお気に入りはこちら。
FLOW Food & Wine
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ワインの種類は全然豊富じゃないのですが、こじんまりとした静かな雰囲気が好きで足繁く通っています。

お料理のメニューも少ないけれど美味しくて毎回リピートしているのがこちらの
野菜のグリルとチーズ焼き
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糖質低めの一品、女子にはうけます。

チキンのパテとポークのパテもおすすめ
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がっつりお肉が食べたい!という時には、牛肉のほほ肉の煮込みを。
ダックのオレンジソースもオススメです
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夜は楽しむために食べるが一番。
でもやっぱり、何を食べるかよりも誰と食べるかが何より大切だな〜といつも思う。
大好きな人と楽しく笑ってお食事ができること、そんな夜を毎日過ごせるように今日も元気に働こう!!

Have a nice day!!

シェムリアップの市内から30分ほどのところで農場を運営しています。
ここから色々なプロジェクトをスタートさせると思うとワクワクがとまらない場所。

そしてここで働いてくれている仲間たちは本当にすごい。

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あっという間に橋を作るし


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あっという間に小屋も作ってしまう。

私には到底できないし、日本人の友達ですぐに橋を作ってしまう人に会ったことがない。
しかも材料も買わずにその辺にあるものを拾い集めてきて完成してしまう。

こういうすごい人たちから日々学ぶことばかり。

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お酒の楽しさも学ばせていただいています(笑)



前の晩飲み過ぎた朝の救世主


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あなたのおかげで今夜も元気に過ごせそうです^^

先日、初めて会った人と話が盛り上がって、気づいたら3時間もたっていて、
お酒も入らないのによくしゃべったなぁと思ったけれど、まだ語り足りなかったのでまた会うことにした。
出逢いというのは本当に不思議で面白くて刺激的だ。

カンボジアに行くのでお会いしたいというメールをよくいただくのだけれど、全部対応していたら自分の時間がなくなるよなぁと思う反面、どんな面白い出会いが待っているかもしれないのに逃してしまったらもったいないという気持ちもあって、会いたいと言ってもらえるならできる限りお会いするようにしている。
昨日みたいな面白い話ができる人と出逢えると、やっぱり出逢いのチャンスは大事にしたいなぁと思う。

色々なことを熱く語り合ったけれど、「日本人として生まれただけで宝くじに当たったようなものだよね。」という彼の言葉が印象的だった。

日本生まれの日本育ち、ご両親は日本人と韓国人で、アメリカ国籍、今はアメリカで会社を経営している、というなんとも面白い境遇にいる方だからこそ、よりリアルにそんな風に感じるのかもしれない。

確かに海外に出てからいつも感じるのは日本人であるメリット、そして、日本人であることの誇り。
メリットでいえば、日本のパスポートの絶大的な信頼。カンボジアの人が海外へ出るためのビザ取得はかなり大変。オーストラリアなんてほとんど入れてもらえないって。
そういう他国の境遇を知らない日本人は世界どこへでも行けることのすごさが分かっていないかもしれない。

だいたいの国にビザなしで行けるってすごいこと。タイもシンガポールも香港も、フランスもドイツもイタリアも、アメリカもESTA申請すればオッケー。
カンボジア入国にビザがいるっていうのがちょっと残念ですが、カンボジアで働いている私は1年のマルチがあるので出入国は楽々。
そんな境遇にいるから、ついつい海外へ行く時にビザのことを考えずに出てしまっているので、先日珍しくビザがいるラオスに着いてちょっと慌てた。

特にアセアン諸国へ行く場合は、ちょっとそこまで行くっていう国内出張的な気分でいるので、ラオスへ行く時も何も考えずにビエンチャン空港へ。空港に到着してはじめて入国にビザが必要なことにきづいた。
何かの時にはと、いつも常備している証明写真がお財布に入っていたのでよかったけれど。

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でもビザ代が国ごとに違うのにびっくりで、日本人は30ドルなのに中国人は20ドル、ちなみにカンボジア人は30ドル。カナダ人がやけに高額で40ドル。ラオスへ政府への貢献度で金額が違うのだろうか。。。



話がそれましたが・・・・・
日本人であることについて。

私はカンボジアでしか暮らしたことがないけれど、カンボジアの人は日本に対してとてもいいイメージを持ってくれている。それはやはり先人たちが作ってくれた人間関係のおかげなのだと思う。
政治的な外交だけではなく、民間レベルの人と人との付き合いという外交は素晴らしいことだと思う。
日本人の持っている精神性の高さや、人に対する思いやりや、謙虚な気持ちというのが私は大好き。
そういう日本人としての特質を大切に守りながら、日本から出て外国で生きていきたい。

人間としての生き方、人生論、教育論などなど幅広く語り合い、一緒に教育の場を作ろうか、という話に発展し、でもやっぱりこんなうざいくらい熱い講師が二人もいたらその学校から生徒がいなくなるねと大笑いしました。

本当に面白い時間だった。出逢いはやっぱりいいな〜。

逢いたい人に逢いたいと思う時に逢いに行く
何事もご縁とタイミング。

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毎日毎日、一瞬一瞬が一番大切だから。

いつ終わるか分からない人生、今日できることはやりきったと思って毎日を過ごしたい。
誰のものでもない自分の人生、自分に正直に後悔と言い訳のない人生を生きる。

大好きな方たちとお酒を飲んで話をさせてもらえる時間が本当に幸せです。

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香港の一日、とっても楽しかった!



先日の面接でのこと。

会社でスタッフの子供の世話をする託児所を運営しているのですが、子供が続々と増え20人になり、人手が足りないので人員を補充することになりました。

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うちの会社の託児所は、生後半年〜小学校にあがる6歳までのスタッフの子供を勤務時間中に預かりますよというシステムなのですが、100人近いスタッフのうち女性が95%を占める会社なので、結婚ラッシュ、出産ラッシュ、託児所にやってくる赤ちゃんがどんどん増えるという、なんだか賑やかなことになっています。

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毎朝7時前後は託児所に子供を預けにくるパパやママのバイクでオフィス前は大賑わい。みんな子供を預けるついでに、出勤前にオフィスの庭で朝ごはんを食べたりと朝から賑やかでいい雰囲気です。


託児所の責任者のMrs Pechは、4人の子供を育てているベテラン母さん。といっても私よりもずっと年下ですが(笑)。一人も育てていない私からすると大尊敬の女性です。
いつもニコニコ穏やかで、時々学校が休みだと一緒に出勤してくる末っ子の娘ちゃん(小学生)もとってもいい子です。

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(立っているのがMs Pech)
赤ちゃんの数が増えて人手が足りないというMrs Pechの要望で人員を集めるために募集をだしたところ、4人の応募がありました。
うちのスタッフ採用の面接は、まず1次面接で各部署のマネージャーが面接をして、それを通過したら、私が最終面接をするということになっています。

託児所は経理総務の管轄になっているので、経理総務のマネージャーが面接をしてくれたので最終面接2名を私がやることになりました。
現場で一緒に働くMs Pechが一緒に働きやすい人が一番いいので、Pechにも面接に参加してもらい最終面接を行いました。

「本気でここで働きたいと思っていますか?」「なぜ子供たちの面倒を見る仕事を選ぶのかを教えてください」「子供は突然熱をだしたり、おもらしをしたり、かわいいだけではなく大変なこともたくさんある、そういう時もちゃんと世話もできますか」「ちょっと働いてお金が少したまったらすぐ仕事を辞めるとか、そういう軽い気持ちではないですか?」「人の子供を預かるというのは大変な仕事だけれど、それを理解していますか」などなど、Pechからどんどん応募者に質問をぶつけてくれました。
私のほうが横についているだけの面接官になっていました。現場の人たちの言葉は重いし、有難い。

Mrs Pechの「ここでは仕事は仕事、プライベートはプライベートです。仕事の時間にはプライベートの問題を持ち込まないで働けますか」とい質問には私のほうが頭が下がりました。
そんな気持ちで働いてくれていることが有難い。
本当にそうだよね、みんなそれぞれの人生を生きていて色々なものを抱えているのに、それをださずに毎日仕事に来てくれて自分の任務をちゃんと全うしてくれている。そういうみんなの一人一人の努力と想いによって会社は成り立っているし、お客様に商品とサービスを提供できるのだよね。

そういう気持ちをきちんとみんなに感謝として私が直接伝えないといけないと改めて気づかせてもらった面接の時間でした。




今日から久しぶりの香港へ。
今夜の香港での会食も刺激的なお話ができるのがとても楽しみ。

今回は初DRAGON AIR。
先日のダナン行きもそうだけど、最近はシェムリアップから直行便が増えて色々な所に簡単にアクセスできるようになって今まで以上にフットワークが軽くなる。

しかも家から空港まで渋滞もなく10分で到着できるというアクセスの良さ。
さらに空港も小さくてチェックインから搭乗までもあっという間。

シェムリアップって住みやすいし、かなり利便性が高いしやっぱり最高だな〜としみじみ思う。


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空港もどんどん綺麗になっていく。17年前に降り立ったシェムリアップ空港の写真を残しておかなかったことが心残り。あの頃はスマホもデジカメもなかったからな〜。。。
エアコンもなくて天井の扇風機がガラガラなってたな。
そう考えるとこの10数年の変化に驚く。



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このスーツケースと何カ国を旅しただろう。白一色に惚れて購入したのに、今ではなんだか薄汚れた白になってしまったけど、それでも愛着いっぱい思い出いっぱいの大事なスーツケース。

なんて物思いにふけながら、ちょっと早めに着いた空港でのんびりカフェ〜を飲んでると、『Are you Korean?」と声をかけられた。
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こんなに日本のパスポートがアピールしてるのに!

どこへ行ってもまず韓国人だと思われるのはそれだけ日本人が海外に少なくなっているのか、韓国人が増えているのか。
昔はシェムリアップの街を歩いていれば必ず「味の素〜!」って言われたのに、今はだいたいアンニュハセヨかニィハオになってしまった感じがするのも少し寂しい。




以前からずっと気になっていることがある。
ビールとコーヒーとコーラってどうして世界中で愛されているのかなってこと。

そして最近は赤ワインも。

世界のどこへ行ってもホテルでビールがメニューにないところはないだろうし、もちろんコーヒーもコーラも。

その味もさることながら、ビールやコーラが無色透明だったらどうだったんだろう。

人間もまず見た目から惹かれていくように、食べ物や飲み物も味はもちろんだけど、見た目って重要だろうなぁと思う。

最近ほぼ毎晩赤ワインを飲むようになって、ワインをもっと知りたいって思うようになって、それがさらにワインをつくりたいに発展してしまい、ワイナリー視察が趣味になりそうな感じ。

私がワインをつくりたい!と突拍子もないことを言い出し、皆でワイン造りの勉強をしよう!ということになり、ファームのメンバー四人と一緒にワイナリー視察にいくことになりました。

バッタンバンにあるカンボジアの有名?なワイナリーとタイのワイナリー2か所の視察です。
四人のうち2人は去年一緒に日本の農業の視察に行きましたが、あとの二人は初海外。
パスポートを取得するとこらから珍道中が始まりました(^^)

当日はシェムリアップを朝早く出発して、バッタンバンのワイナリーを見てからパイリンの国境を抜けて陸路でバンコクへというルート。


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バッタンバッタンのワイナリーは以前来たときとほとんど変わらぬ佇まいで、ワイン?の味も昔のまま。

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あえてここではバッタンバッタンワインのコメントは控えておきますが、テイスティングのワインでさえ飲み干すのが大変でした。


バッタンバッタンのワイナリーを後にして国境へ向かう途中のパイリンの丘陵は、まるでブルゴーニュのCote d'Or を彷彿させる雰囲気でこの地で葡萄を育ててみたいなという好奇心がムクムクと湧いてきました。

カンボジアとタイの行き来はポイペト国境が一般的なので、パイリン国境は観光客などは一切いなくて静かでガラガラです。

待ち時間ゼロで、日本人である私はすんなりと出国スタンプを押してもらい、カンボジアメンバーが出国手続きをするのを待機。

イミグレのカンボジア人のおじさんが、メンバーのひとり、Mr ティンのパスポートを見て、「4月にポイペトから出国してタイに入っているのに、カンボジアに戻ってきた入国スタンプがないぞ」と。
いまカンボジアにいるのはおかしいだろう?カンボジアを出たけれど、その後にタイから戻ってきたスタンプがないとのこと。

それを聞いた本人、ティンは、
「あ〜、そういえばカンボジア正月にタイに遊びに行ったんだけど、帰ってきたときに国境がすごく混んでいてイミグレに人がたくさん並んでたから、並ぶのは面倒くさいので並ばないで帰ってきた」と。

イミグレ通過しないで帰ってこられてしまう国境もすごいけど、それを当たり前のように話すティンもすごい(笑)

確かに地続きのところを歩いて国境越えするわけだから、あまり別の国に来たという意識も強くは持てないかもしれないけど、並ぶのが面倒くさかったって。。。

ちょうどパイリンの国境に、以前シェムリアップの空港のイミグレにいた知り合いのおじさんが異動してきていたので事情を話したらいろいろと口をきいてくれて200バーツで全てクリアに。

不法入国しても200バーツでかたがつくのかと、いい勉強になる。
賄賂の相場って大体200バーツだよね、これも面白い。

ティン、今回帰るときは面倒くさがらないでちゃんと並ぶんだよと、旅の間、散々みんなのネタにされたティン。
しょっぱなから笑いの絶えない旅となり、幸先のいい?スタート。

今度はタイのイミグレへ。
カンボジアのイミグレは不法入国?していたにも関わらず余裕な勢いで通過したカンボジア人ご一行様もちょっと緊張した面持ち。

日本人の私はやはりすんなり通過、タイへ入国。

しかし、カンボジア人は一人200バーツを払わされたと。
日本人はフリー、カンボジア人は200バーツ。
カンボジア人の入国には写真が必要で、彼らは写真を持っていなかったので200バーツ取られたとのこと。
ここでも200バーツ。

すでに国境で10ドル以上の出費のティン 笑


国境からバンコクまでのタクシーは、パイリンに詳しい友人が手配してくれていました。
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友人の名前がしっかりと書かれたタクシー、ケンコちゃん、ありがとう(^^)

車を探すまでもなく、私たちのタクシーしか待機している車はないという静かな国境、
すんなりと運転手さんに出会えて国境を出発。

途中雨に降られながらも約4時間くらいで無事にバンコク市内に到着。
その日はMBKの近くにホテルを取っておいたので夕食はフードコートで。

翌日は朝からカオヤイにあるPBワイナリーへ。
朝食のときに、ティンはバンコクに彼女がいて昨夜は遅くまで彼女がきていたと、みんながワイワイ話していたので、じゃ、ティンの彼女も一緒に連れて行って通訳してもらおうよということになり、急遽彼女も参加。
ティン曰く彼女ではなく、「知り合い」とのことだけど 笑
若者と一緒にいるのは楽しい(^^)

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ワイナリーに到着してランチタイム。
ワイナリーのGMも合流してくれて色々お話を聞き、その後は畑へ。

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ワイナリーではGM自ら畑でレクチャーをしてくださり、製造現場も見せてくださって本当にいい勉強になりました。


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最後にみんなで記念撮影。
PB Wineryはとてもアットホームでステキなワイナリーでした。


翌日はSiam Wineryへ。
サイアムワイナリーは、Spyやレッドブルを作っているタイの大企業です。

こちらは製造現場とVine Yardが別のところにあり、まずはバンコクから30分ほどのところにある本社の工場へ。


会社の歴史や現在の製品などの映像を見せていただいてからレクチャーを受けました。
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製造責任者の方が工場内を案内してくださって、みんな熱心に質問していました。

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私が一番楽しみにしていたのはテイスティングタイム(^^)

そして工場見学の後にはたくさんのワインを買い込み、一路畑のあるホイアンへ。
ホイアンはタイの王族の避暑地としても知られるリゾート地です。
海に行けるというだけで視察を忘れてワクワク。

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せっかくホイアンに行くのだからと、海辺のホテルを予約していたのですが、ホテルのレストランからビーチが眺められるステキな場所でした。


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夕方到着してホテルにチェックインしてビールで乾杯した後は、TukTukに乗って繁華街にシーフードを食べに行きました。
その後はホテルに戻り、砂浜にお酒を持っていきみんなで海辺で飲み会。

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サイアムワイナリーで買ってきたマグナムサイズのワインも空けました。


お酒を飲みながらみんなでこれからのファームについての夢を語り合いました。

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普段おとなしいトンもお酒を飲んで饒舌になり、前のめりで私たちのファームに対する想いを語ってくれました。

今回一緒に視察に行った彼らは、プノンペンの大学で農業を専攻し、卒業後は各々企業に就職しましたが30歳を前にして自分たちで農業コンサルティングチームを作り、外国企業やカンボジア企業の農場管理を請け負っています。
うちのファームも彼らの力を借りて運営しています。

カンボジアの若い世代の素晴らしさを私は彼らから教えてもらいました。
知識も高く、志も高い、そして酒も好きで女の子も好き 笑
そんなかわいい彼らがもっともっとたくさんのものを見て、たくさんのことを吸収し、世界を広げていってくれたらいいなと、そしてカンボジアの未来の農業に貢献していってくれたら、こんな嬉しいことはないなぁ。

私のできる範囲で彼らにたくさんの経験をしてもらいたい。
去年はみんなと日本へ行き、日本の観光農園や日本の農業を視察してきました。
今年はタイのワイナリー視察

自分の知らない世界を見ること、たくさんの人と出会うこと、若いうちにたくさんの経験をしてほしい、そのために私が少しでも役に立てたら、私自身ここに生きている意味を感じられる。

夜中まで砂浜でお酒を飲みながら語り合い、その後はみんなで海に飛び込んで水の掛け合い、つぶしあい。
海の中でびしょびしょになり、腹筋痛くなるほど笑い、大騒ぎして眠りにつきました。
仲間っていいな〜。。。



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翌日はサイアムワイナリーの畑へ。

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私は2度目の来訪だったけれど、今回も中国人のご一行様でおおにぎわい。。

しかし、この日はタイは仏教の日で飲酒は禁止されていて、もちろんワイナリーでさえもワインを飲むことはできませんでした。
しかもお酒を見せることもいけないらしく、ショップにもワインジュースしか並んでいないという徹底ぶり。
同じ仏教国でもカンボジアではお酒が飲めない日なんてないな〜。

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郷に入ったら郷に従え、もちろんワイナリーでワインは飲まずに葡萄ジュースをおとなしくいただいてきました。

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観光ファームとして成功している葡萄畑を散策してからバンコクへ帰りました。

帰りは陸路ではなく飛行機でカンボジアへ。
Air Asia様のおかげですね。


初飛行機の2人はドキドキ。私もそんな時代があったな〜(^^)
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エアアジアは懐かしのドムアン空港なので久しぶりにドムアンへ。
初めてカンボジアに赴任した時はまだスワンナプームはできていなくて、この薄暗いドムアンに着いたな〜となんとも懐かしさが溢れてきました。

ティン、ちゃんとイミグレ通ってね!と冗談を言い合いながらチェックイン。

飛行機の中で緊張した面持ちのトンとシター。
あっという間の五日間。みんなで旅するっていいな〜と改めて思った時間でした。
共に時間を過ごし、ご飯を食べ、お酒を飲んで語り合える仲間がいるということは人生の一番の幸せだと思う。


いい旅でした。
来年もまたみんなで旅に行けるように頑張って働こう!


26歳でシェムリアップに来てから17年という歳月を重ね、9月13日にまたお誕生日を迎えて楽しいバースデーを過ごすことができました。
お祝いのメッセージやコメント、ありがとうございました。

カンボジアに来た頃は、自分の誕生日ではなくて4月のお正月にひとつ歳をとり、数えで歳を数えるという習慣に全く慣れなかったし、日本の歳よりもひとつかふたつ年寄りになる数え方に抵抗感があったけれど、いまは自分が何歳でも関係ないな〜と思えるようになった。
こういうのも歳を重ねてきてよかったことのひとつかもしれない。


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今年のお誕生日は贅沢にも日曜日ということで、朝から外へごはんを食べに行き、カンボジアの定番の豚ごはんと米の麺でスタートです。アイスコーヒーも欠かせません(^^)



お腹を満たしてからアンコールトムの中にあるお寺へ。
会社のスタッフから、マダムのお誕生日の朝はお料理を作ってお寺にお参りに行きましょうと言われていたので、お店でみんなと待ち合わせてお寺へお参りに行ってきました。


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朝のお寺の澄んだ空気の中、43年前に両親がこの世に命を授けてくれたことへ感謝し、ご先祖様に感謝しました。

そして何よりもこのカンボジアの地とカンボジアの人たちが自分を受け入れてくれ、ここで生かしてくれていることに感謝の気持ちを伝えてお祈りしてきました。

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私のお誕生日のために朝からお寺へ持って行くお料理をたくさん準備してくれるスタッフの気持ちも本当に有り難かったです。また一年、スタッフみんなが健康で笑顔で過ごせますように、アンコールクッキーのみんなが幸せな毎日を過ごせますように。
みんなの笑顔が何よりも私の頑張る力になっています、いつもありがとう。

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スタッフの娘ちゃん、ニザも一緒にお参りに。
うちの会社の託児所にいつも来ているので私とも仲良しです(^^)


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一緒にお参りしてから、お坊さんに占いをしてもらいました。
頭の上にお札を掲げて一枚選んだところに棒をさしてそのお札をお坊さんに解説してもらいます。
お坊さんにお願い事は何?と聞かれたニザ、「くつがほしい!」と即答。
みんな大笑い。
いいな、こんなかわいいお願い事。


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そのあとは友達と一緒にファームへ。
のんびりと青い空を見ながら、澄んだ空気をいっぱい身体で感じながら、この地で新しい事業をやらせてもらうことへ、土地の神様にお礼を言ってきました。


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それからアンコールワットへ。
シェムリアップ人としては何よりも大切なアンコールワット。
17年前に来た時と変わらない雄大な姿を眺めながら、定番のアンコールビールで乾杯。

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アンコールワットに来たらおつまみは、ボックルホン(パパイヤサラダ)。


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アンコールワットのお濠に座って大好きな友達とビールを飲みながら語り合える時間の贅沢さ。


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お参りが終わってお店に戻ったらこんなステキなお花をいただきました。
大好きな色、ピンクと黄色。



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今年は新しいスタートの年。
いろいろなことが起きるだろうし、今まで経験できなかったこともたくさん経験するだろうな。
でもたったひとりでも、自分の心をさらけ出せる友人さえいればきっといつも前を向いて歩いていける。

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17年前にカンボジアに来るチャンスをくださった恩人に感謝。
恩返しはできないかもしれないけれど、この地域社会に貢献していくことが、恩返しになるように新たなチャレンジへの覚悟を新たにした1日でした。

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