アンコールクッキーから農業に転身した『マダムサチコ』の カンボジア日記

カンボジア、世界遺産アンコールワットのある町シェムリアップで、カンボジアの女性たちの雇用の場を作ろうという想いから、2004年にお土産物屋『アンコールクッキー』を創業。12年間にわたり社長として事業を牽引し年商3億円の事業に発展させる。2016年にアンコールクッキー社の体制を変更し、新経営陣に運営を託し、新たな夢へ挑戦中。アンコールクッキーの原材料をカンボジア国内に追い求める中でたくさんの農家の人たちと出逢い、カンボジアの農業がなぜ魅力的な産業になれないのか、なぜ私たちの食を支えてくれている農家の人たちが選択肢のない貧しい生活を強いられるのか、カンボジアの主産業である農業をもうかる産業にできないのかという想いがわいてきて、40ヘクタールの農園をシェムリアップ近郊に所有し、農業の6次化によって出稼ぎにでなくても生まれ育った村で家族と共に暮らせる幸せを実現できる村づくりを目指して奮闘中。シェムリアップ暮らしも早18年目。すっかりカンボジア感覚になっている日本人の目線で、カンボジアからフレッシュな情報とカンボジアの日常をつづるブログ。

2009年11月

今朝、成田到着。12月2日にはまたカンボジアに帰りますが、しばし日本でお仕事。

日本はやっぱりさむーい。でも久しぶりのコートとブーツがちょっと嬉しい♪

最近は本当に朝晩が過ごしやすくなりました。
毎朝とってもすがすがしい空気のシェムリアップです。

昨晩は食事会があり、自転車をお店においてきてしまったので今朝は歩いて出勤。
歩いていても全く汗をかかない、本当に素晴らしい季節!!
自宅からお店まで歩いてもわずか15分くらいです。

『おはよう〜!』とバイクタクシーで走り去る日本人の知り合い。
『乗せていくよ!』とわざわざ車を止めて声をかけてくれる知り合いのガイドさん。
いつも利用しているバイクタクシーのおじさん。
たった15分でたくさんの知り合いと声をかけあう。
朝から幸せだなぁ〜と思う。この狭いシェムリアップの町の人間関係に閉塞感を感じてしまうこともあるけれど、こういう狭い人間関係に助けられることがたくさんあるのだなぁと思う。


途中で朝ごはんを買いました。
毎朝6時からここにいるおじさん。
朝6時から10時までで30本、夕方また新しいパンを買い足してきて30本。
1日に60本を売り切ったら仕事が終わるそうです。

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おじさんのお店。いつもアンコールワットへ向かう道沿いで屋台を開いています。
sandwich shop



焼きたてのフランスパンを切って、ハムや野菜をつめたカンボジアサンドイッチ。
1本1000リエル(約23円)です。美味しい朝ごはんを補給して今日も1日頑張りましょう!!
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『どうしてカンボジアで仕事を始めたんですか』とよく聞かれます。

私はもともと日本で日本語教師をしていたのですが、学生時代から海外へ行って仕事をしたいという思いがありました。20代の半ば、海外での日本語教師の職を探していたところ、カンボジアの日本語学校の求人をたまたま見つけ、応募したのがカンボジアへ来るきっかけとなりました。

カンボジアでお世話になった学校は『山本日本語教育センター』という日本語学校。そこで約2年半カンボジアの人達に日本語を教える仕事をさせていただいたのですが、カンボジアのことを知るいい経験をさせていただきました。

その学校の卒業生が先日お店にやってきました。
彼女が卒業してからすでに6年の歳月がたっていて、私も彼女に会うのは5年ぶりくらいでしょうか。
すでに結婚して、子供も2人、5人の孤児の面倒も見ていて総勢7人の子供と一緒に暮らしているとのこと。頑張って生きている彼女の姿がとても嬉しく、とても頼もしく思いました。
自分の子供だけだって育てるのは大変だろうに、さらに孤児5人と一緒に暮らす彼女。私よりも10歳も年下なのに頭が下がる思いでした。

日本語学校に勤めているとき、たくさんの支援者の方が日本から本や筆記用具など色々な物をプレゼントしてくださいました。でも私の勤めていた学校の学生たちは学費も無料、寮費も無料、食費も提供されるという恵まれた環境で勉強していました。そのうえ、日本の方からたくさんの贈り物をもらうというのは、果たして彼らにとっていいことなのだろうかと考えることが多々ありました。

自分たちは貧しい国の人間で、お金持ちの日本の人達が寄付してくれるのは当たり前・・持っている人が持っていない人に分け与えるのは当たり前・・そんな感覚を持ってほしくないなぁといつも感じていました。

お金があるからボランティアができるというわけではなく、そこには心が必要だということを分かってもらいたいという思いから、いただいた絵本を自分たちだけのものにするのではなく、みんなで絵本の中の日本語をクメール語に翻訳し、オートバイで何時間もかけて田舎の小学校に絵本を届けに行ったりして、自分たちにもできるボランティアをやってみたりしていました。

久しぶりに再会した彼女は、旦那さんと一緒に小さな土地を借りて、そこに教室を作り学校へ行けない子供たちにクメール語を教えたり、英語を教えたりしているとのこと。さっそく彼女の学校を見せてもらいに行ってきました。
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小さな敷地でした。建物も竹やヤシの葉を使って作った教室で、雨季のスコールのときには雨がふきつけて入ってくるでしょう。お金をかけて作った立派な校舎ではないけれど、それでも素晴らしい学校だなぁと思いました。

カンボジア人の先生たちも一生懸命教えていました。英語を教えていた先生は授業中ほとんどクメール語を口にせず、英語だけで授業を進めていて、まる暗記が主流のカンボジアの教育の中で、絵を使って学習者の興味をひいたり、ロールプレイを取り入れたりと工夫した授業をしていました。






休み時間には子供たちは庭に飛び出してきて飛び回って遊んでいます。校庭にはお手製のブランコまでありました。
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カンボジアはカンボジアの人達がつくっていく。カンボジア人の考え方、流儀、道徳感。クメール王朝という一大帝国を築いた祖先をもつ民族ですから、時間がかかったとしても素晴らしい国を作っていけるはず。

カンボジアの教育をカンボジアの若い世代の人たちが担っていき、人材を育てていくことに力を注ごうとしている姿。それがどんなに微力であろうが、何か事を起こすことは素晴らしいことだと思うのです。


大変なことも苦労もたくさんあるでしょう。久しぶりの再会に私もとても懐かしく、二人で話し込んでいるうちに、彼女はだんだん涙ぐみ、家の中は大変です。結婚は大変です。と泣き出した。

みんな色々あるよね。学生だったあの頃は勉強も大変だったし、テストもつらいし、友達と喧嘩して泣くこともあったけど、学校とういカゴの中で守られて生きていた。

カゴから飛び出して社会に出て家族を持ち自分で生きていくってことは本当に大変なことの連続だろうね。

子供たちを育てる毎日で、時間もないし、自分は着飾ることもできないし、携帯電話も持てないですと。先生はいつも綺麗にしていてうらやましいと。

私は独り者だから、自分の時間とお金は自由に使える。でも仕事をやっていれば私も泣きたくなることはいっぱいあるんだよ。それでもその中にちょっとの嬉しいこととか、幸せだなぁって思えることがあるからまた頑張れる。
人生ってそんなものかなぁ。大変な毎日でも苦しい毎日でも、自分が生かされて自分の居場所があるってことは幸せなことだよね。誰かに必要とされて、自分の存在が誰かの支えになっているって生きるパワーになるんだよ。
大変な時はいろんなことを見失って見えなくなってしまうけれど、がむしゃらにやっていってふと振り返った時に改めて見えてくることもたくさんある。そこに作ってきた自分の道がある。
あんまりつらすぎたら、時には壁を乗り越えようと無理して自分を苦しめないで、遠回りしちゃってもいいのかもしれない。迂回路を通るのもまた人生かな。
あなたが必死に生きていれば、10年後、20年後、子供たちが何よりもの財産になるでしょう。自分が生きてきた証になるでしょう。あなたがいなければ彼らはここに存在しなかったのだから。

自分が選んだ人生。自分で始めた第一歩。やらない人生よりやってみたほうがきっと面白いよ。泣きたくなったらまたいつでも遊びにおいでね。






仕事が終わった後、まっすぐ家へ帰ってもつまらないのでついついふらふらしてしま
う悪い癖。
家に帰ったら、電気がついていて、あったかいご飯ができていたら、まっすぐ家へ
帰るのになぁ〜なぁんて思っている私。間違いなくおひとり様生活まっしぐら。
どこかにご飯を作って待っててくれる男子、いませんか〜(笑)?

冗談はさておき・・・
いつもよく行く食堂に昨夜も仕事帰りに自転車をちゃりちゃり行ってきました。
そしたら嬉しいサプライズで、普段めったにシェムリアップでは顔を合わせること
のない方たちと遭遇。
楽しい3人にお邪魔して一緒にお酒を飲ませていただきました。
ありがとうございました。

私がカンボジアに来た同じ頃にカンボジアに赴任してきた方で、最近はプノンペンにいることが多くめったに顔を合わすこともなかったのです。

いろんな話の中で10年前のシェムリアップの話になりました。

舗装もされていなくて穴ぼこだらけだった国道。
そんな国道を牛とオートバイと自転車がのんびりとバランス良く行き交っていたこと。
雨季には夕方になるとバケツをひっくり返したようなスコールが降っていたこと。
スコールがやむと、どこからともなく網を持った人たち、バケツを持った人たちが現れ、今晩のおかずを求めて魚を採り始めてたこと
国道沿いが今みたいに埋め立てられていなくて、水路がたくさんあって、魚もいっぱいいたし、コオロギもたくさんいた。
国道にはまだ街灯もなかったこと。国道沿いの建物もまばらだったこと。
真っ暗な道をオートバイで走るとコオロギが顔にぶつかってきて痛かった。
私もよく近所の人と一緒にペットボトル片手にコオロギ採りをした。
コオロギを採るのは結構痛くて、へたくそな私が『痛い〜!!』と叫んでると、子供たちに馬鹿にされたこと。
その後、作ってもらったコオロギの炒め物が美味しかったこと。

色々な光景が蘇ってきた。

そうやって10年前を振り返るとシェムリアップのこの数年の激変に改めて驚かされる。
オバマ大統領は『CHANGE』を掲げて、アメリカ合衆国の国民の気持ちを引き付けた。g現状に満足をしていないから、人は変化を求める。もっとよくなりたいから変化したいと思う。
シェムリアップの町の中の急激な変化。その一方で地方の人達の何十年?もしからしたら何百年も変わらない生活。
ここシェムリアップで暮らす人たちが変わりたいと思ったから町は変わったのだろうか、それとも外的な要因で変わらされたのだろうか、変わらざるを得なかったのだろうか。

国道沿いには水路がほとんど見られなくなったなぁ。水がなくなったら魚も採れない。

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水路が埋め立てられて、道路が広くなり、車が入るスペースが増えることによって恩恵を受けるのは誰なのだろう。雨が降った後、そこらじゅうに湧いて出てくるようにいた魚。雨が降った後、大人も子供も嬉しそうに魚を採る風景。水がなくなれば魚も住めない。
便利な世の中、住みやすい世の中は誰にとってのものなのだろう。
日本という経済大国からやってきた自分自身に問いかけたい。
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写真はモンドルキリ州での風景。
スコールの後、水たまりで魚を採っていた人達。あっという間にたくさんの魚が網に

最近もうひとつブログを始めました。

こちらもカンボジアの日々を綴っていますのでよかったらのぞいてみてください。

http://blog.nikkeibp.co.jp/wol/kojima/

朝の日課というほどでもないけれど・・・・

大量のクッキー。
今朝は20枚近く食べました。

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常に新商品の開発をしているため、製造部からあがってくる試作段階のクッキーを試食するのも仕事のひとつ。
形、香り、食感、そして何よりも味。わずかな分量の違いで作ったクッキーを自分の味覚を頼りに試食します。

美味しさというのは人それぞれ好みがあるので、『この味でいく』という最終決定をするのは結構難しい。何人ものスタッフで何度も何度も試食して、評価して、再度試作して・・・という繰返しを何カ月も続けています。
おいしいお菓子を作るため。

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試作品を食べて、こんな風に評価表に記入して、改良点を検討し製造部に再試作をしてもらいます。何度も何度も食べていると、結局一番最初に作ったものが一番おいしいんじゃない?なんてこともあるのですが、やはり何度も何度も微妙な配合の違いや生地をねかせる時間や焼き時間などを変えて比較してみないとわからないこと、結果がでてこないことがあるわけです。まるで実験のようなことをやっていますが、何度も何度も試作を重ねてくれる製造部にも感謝です。




お店で接客をしていて、お客様から『友達にお土産でいただいておいしかったから買いに来たよ』と笑顔で言っていただけた時は本当に嬉しいです。
時には日本からおいしかったよとメールをくださるお客さまも。

もちろんその逆にクッキーが割れてしまっていてせっかくのお土産だったのにとがっかりさせてしまうこともあります。

ものを作るということの喜びと難しさを日々感じながら、今日も糖尿病に向かってまっしぐらなクッキー三昧の1日がスタートしました。




シェムリアップは謂わずと知れた観光地。町を歩けばホテルホテルホテル・・・とこんな小さな町にいくつホテルを建てれば気が済むんだ??というくらいホテルが立ち並んでいる町。

そんな数あるホテルの中で、私のお気に入りのホテルはスタッフもみんな感じがよくて、居心地がいいのだけれど、何よりも雰囲気も最高に素晴らしく、ここに泊まりたいなぁ。。。といつも行くたびに思わせてくれる贅沢な空間。

昨夜も友人とそのホテルへお酒を飲みに。

いつもは静かな落ち着いた空間のはずのバーラウンジにカンボジアの子供たちが10人以上座っていてちょっとびっくり。
何の集まりだろうねぇと話していると、子供たちと一緒にいた欧米人の男性がマイクを握り、バーラウンジにいるお客さん達に向かって話し始めた。

彼らはシェムリアップで孤児院を運営している団体で、一緒に来ているのは孤児院の子供たち。孤児院で子供たちは英語を勉強しているので、ぜひみなさんと英語で会話をさせてくださいということでした。

彼の話が終わると、子供たちがバーにいるお客さまのところへ散らばり、英語での会話が始まりました。私たちのところにも可愛い二人が登場。12歳の女の子。
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How are you?
What's your name?

恥ずかしがりながらもまだ習いたてのような英語で話しかけてくる姿がとても微笑ましく、観光で来ているお客さま達も現地の子供たちと直接会話ができてとても楽しそう。




Where are you from?と聞かれて
We are from JAPAN.と答えると、ふたりして JAPAN?と首をかしげる。

Do you know JAPAN?と聞いてみると知らないとのこと。ロンドンやニューヨークは知っているけれど日本は知らないと。
そのあと、利発そうな男の子が二人やってきたけれど、この二人も日本を知らない。
クメール語で『チョポン』だよ〜というと、あぁ、チョポンか。と納得。英語のJAPANという単語は習っていないけれど、カンボジア語でいえばわかってくれた。日本を知っていてくれてちょっと嬉しくなる。

その後、好きな花は何?とか好きな果物は?とか好きな木は?とか今日の英語のレッスンで『What do you like〜?』という文型を習ったんでしょう!と言いたくなるくらい、何が好き?攻撃が始まりました。

彼女たちの好きな花は『バラ』との答え。カンボジアではバラよりもブーゲンビリヤとか蓮とかプルメリアなどの花のほうがよっぽど身近にあると思うけれど、彼女の好きな花はバラで、好きな木は『りんごの木』。カンボジアでリンゴの木なんて見たことないよと言うと、彼女自身も見たことないとの答え(笑)。

こんな会話の中から、語学教育って面白いなぁと感じました。

私は学生時代に日本語教師の試験を受けて、23歳〜30歳まで日本とカンボジアで日本語教育に携わり、外国人の方達に日本語を教えていました。
もし、日本人が日本語を教える時には好きな花は?ということころに『桜』が必ずでてくるでしょう。それと同じく英国人に英語を習った彼女たちは好きな花に『ROSE』という言葉がでてくるのです。

JAPANという単語を彼女たちが知らないというのも、英国人に習った英語の国名の中にアメリカやイギリス、フランスやカナダはでてきても、アジアの日本という国はでてこなかったのでしょうね。もし学習者が大人であれば教えられたことだけでなく、自分の母国語で聞いたニュースや情報の中で関心のあることを英語でなんというか聞きたい、知りたいと思うでしょう。
学習者が若ければ若いほど、自己がしっかりと確立していなければしていないほど、教える人間が持っている考え方や文化習慣が学習者に反映されていくのだなぁと感じました。

そして面白かったのは、カンボジア人だったら初対面の人に必ず聞くであろう『結婚してますか?』『給料はいくら?』という質問はどの子からもでてきませんでした(笑)。そこまでの英語力がないのか、そういうことを聞くのは失礼だよと先生に言われているのかどちらかはわかりませんが。。。

言葉を習うということは文化を習うことなのだなぁと改めて実感しました。

7時30分過ぎから始まり、英会話のおしゃべりは30分ほどでしたが、彼女たちが帰ったのは9時近く。
会話が終わってテーブルに着くと、1時間以上も誰一人騒ぐこともなく、うろちょろすることもなく、果物やお茶を飲んで過ごしていました。
ホテルのバーラウンジに入ることなどなかなかないでしょうけれど、こういう場所へ来た時のマナーを身につけさせたり、ハイレベルのサービスを受けさせたりということも、経験だなぁと彼らを見ていて思いました。

外からの様々な刺激や経験を受けて人は物を考え成長するもので、同じ環境の中にいるだけでは井の中の蛙になってしまう。自分自身、何歳になっても井の中の蛙にならず、外界を貪欲的に見て回ろうとする好奇心を失わない人間でいたいと思います。

彼らは毎週水曜日の夜にこのホテルで英会話のブラッシュアップをしているそうです。

うちの会社はお店と工房は車で5分ほど離れた場所にあります。

お店はこんな感じです。
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お店とカフェプカプカが同じ敷地内にあって、私が通常仕事をしているオフィスもお店の2階にあります。お店のほうに出勤してくるスタッフはショップスタッフ、オフィススタッフ、カフェスタッフ、ドライバー。工房で働いている女性陣、総勢44名はお店には来ずに工房へ出勤します。


朝7時からスタートする工房の作業。最近はありがたいことにクッキーの注文がたてこんでいて製造が追いつかず、工房スタッフは6時半から出勤して頑張ってくれています。本当にみんな毎日ありがとう。

そんな彼らの一番の楽しみはランチタイム!!
お昼ご飯は会社で賄いランチを用意しています。山盛りのご飯を食べた後でも女性には『別腹(べつばら)』がついているようです。これは世界共通の女性の特権?でしょうか。

普段、お昼前後に工房へ行くことはめったにないのですが、今日はちょっと所用があって11時過ぎに工房へ。庭で来客としばらく話しこんでいると、工房の門の前に人影がちらちら。スタッフの親戚か誰かが用事があってきたのかなぁと思っていたら、昼ごはんを食べ終わったスタッフたちがぞろぞろ門の外へ。outdoor shop









屋台の駄菓子売りのおばちゃんはスタッフのランチタイムを待ち受けてここで商売をしているのです。
屋台をのぞいて見ると・・・かき氷、マンゴー、パイナップル、スナック菓子、ソーセージなどなど、小さな屋台の中にぎっしり詰まっています。
40人もの女性がいるのですから、売上もかなりのものになるでしょう!!
(私もスタッフにソーセージを1本おごってもらいました。ごちそうさま〜)
ice machine













みんなお昼を食べ終わった後にも関わらず食欲旺盛!いっぱい食べて昼寝をして(工房には昼寝部屋も完備)午後も頑張っておいしいクッキーを焼いてくださいね〜。
kakigoori

我が家の箱入り娘『はな』。
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婚活中のご主人さまに負けず劣らずパートナーを切望していた花ちゃん。
そこへ突然やってきたお見合い話。しかもお相手はなんと年下のイケメン『vivi』。
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hana&vivi1hana&vivi2
微妙な距離感で探り合う二人。はなのほうが乗り気の様子。ヴィヴィの後をちょこちょこくっついていってる姿がかわいい〜!!(親ばか)








花ちゃん、ご主人より先にパートナーGETか!?

初めてやってきた家だというのにすっかりくつろぎモードで昨夜はぐっすり眠ったヴィヴィちゃん。ふたりで追いかけっこをしたり、寝るまで騒いでいたふたり。ご縁は突然やってくるものですね〜。先を越されたご主人も婚活に勤しまねば・・・。


さぁ、はなの赤ちゃんが生まれるでしょうか?!乞うご期待♪




今のお店を始める頃、クッキーの原料の仕入れ先を探すために、カンボジアをいろいろ旅しました。お金はないけれど時間はたっぷりあったので、シェムリアップからスタートして本当にいろいろな地方を回ったものです。

そうやって仕入先を開拓し、今はスタッフがその仕入先とのやり取りを引き継いでやってくれていますが、新規に仕入先を探して交渉する時は自分の目で確かめに行きます。今回もバナナの仕入交渉へ行ってきました。

世界遺産登録が決まりタイとカンボジア間の領有問題で話題となったプレアヴィヘアのあるプレアヴィヘア州へ。シェムリアップからだと車で2時間ほどのところにある農園へ。だいぶ道は舗装されているけれど、やはり途中まだ赤土のでこぼこ道のところも。電気もなく、もちろん携帯電話も電波が届かない場所でしたが、私自身の中で思う『カンボジアらしいなぁ』という雰囲気が強く残っていてほっとできる場所でした。

遠くに広がる緑がバナナ農園。
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農園の中に入っていくと・・・・バナナのアーチが果てしなく続く。
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たわわに実るたくさんのバナナ。
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仕入交渉のために農園のオーナーのおうちにお邪魔しました。
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昼寝の最中にお邪魔したから寝ぼけていたわけではないと思うのですが・・・
以下、私とおじさんの仕入交渉スタート。

私;バナナの木は何本あるんですか?

オーナー:オッダン。(わからない)

私:じゃぁ、この農園の広さは?何ヘクタールありますか?

オーナー:オッダン(わからない)。ひろいよ。

私:・・・・(そんなの見れば恐ろしく広いのは私でもわかるけれど・・)

私;じゃぁ、1年とか1ヶ月とかの単位でどのくらいバナナを収穫できるの?

オーナー;オッダン(わからない)。たくさん採れるよ。

私:・・・・(そりゃぁ、たくさん採れるでしょう。これだけ広ければ)

私:じゃぁ、年間、月間でもいい、どれだけの売上があるんですか?

オーナー:オッダン(わからない)

・・・・うちの会社が今後仕入れをしていくために、どれだけ供給してもらえるかを
確認したくても一事が万事この調子。カンボジアで食品製造業をしていて一番頭が痛いのがこの問題。こちらは年間計画をだして、これだけ年間で必要だ、だから確保しておいてくれと言うと気軽にOKをだす。でも、ある日オーダーすると突然『オッ ハウイ(在庫がない)』と言い出す。ないじゃ困るでしょう〜!!!と騒いでも後の祭り。どんなに交渉をしても『だってないものはないからしょうがない』って言われればそれまで。

おじさん一家は今日採れたバナナが売れて、家族が食べていければそれで十分幸せなんだよね〜きっと。おじさん一家のやさしいあたたかい笑顔を見ているとそう思うんだけど、やはりどれだけの収穫量があるのかわからないと仕入れをお願いできない。
そしておじさん一家は全く商売っけもなく、『この先15キロくらい行くともっと大きなバナナ農園があるぞ〜』なんて親切にも教えてくれるのです。


私:じゃぁ、質問を変えるわ。1房●●リエルでしょ、1日にどれだけ売れて1か月で売れる日が何日あるの?

オーナー:だいたい1回 ●●●〜●●●リエルくらい売れる。3日に1回シェムリアップから買いに来るよ。

やっとやっとちょっと具体的な数字がでてきました。


バナナは安いから作ってもお金にならないというカンボジア人が結構いますが、おじさん曰く『バナナは全く手がかからなくて世話が必要ない』そうです。バナナ農園の一角で豆や他の果物も栽培していましたが、バナナは何もしなくても1年中お金を運んできてくれる素晴らしい果物らしいです。




最後に余談ですが・・・これは何でしょう??
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一般的に『バナナの花』と言われていますが、カンボジアでは花という認識はないようです。カンボジア語で『トロヨーン・チェイク』といわれていますが、実の上部に小さなバナナがでてきているのがわかりますか?

バナナを食べるだけでなく、このトロヨーンチェイクも皮をはいだ中身をスープに入れたり、香りがいいので鶏肉などを焼くときに香味野菜として使ったりと料理に使われています。
バナナの木は一度実がなるとそれで死んでしまいますが、その横に必ず新株がでてきています。新しい生命を誕生させてから自分の生涯を閉じる。自然界の摂理というのは神秘的です。

人間は自分の意思で生命を残すか残さないかを選択することができますが、それはある意味自然の摂理に反しているのかなぁ・・・などと考えてしまいました。
枯れた太いバナナの木の横にでてきている青々したまだ細い新株の生命を目にして、文明の発達により自然界とのつながりが希薄になっていまっている人間の生き方、自分の生き方を考えさせられた1日でした。

そして何よりも生命、生きているということ、ひとつの生命がこの世に誕生したということがどれだけ重みのあることかを感じるのです。




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