アンコールクッキーから農業に転身した『マダムサチコ』の カンボジア日記

カンボジア、世界遺産アンコールワットのある町シェムリアップで、カンボジアの女性たちの雇用の場を作ろうという想いから、2004年にお土産物屋『アンコールクッキー』を創業。12年間にわたり社長として事業を牽引し年商3億円の事業に発展させる。2016年にアンコールクッキー社の体制を変更し、新経営陣に運営を託し、新たな夢へ挑戦中。アンコールクッキーの原材料をカンボジア国内に追い求める中でたくさんの農家の人たちと出逢い、カンボジアの農業がなぜ魅力的な産業になれないのか、なぜ私たちの食を支えてくれている農家の人たちが選択肢のない貧しい生活を強いられるのか、カンボジアの主産業である農業をもうかる産業にできないのかという想いがわいてきて、40ヘクタールの農園をシェムリアップ近郊に所有し、農業の6次化によって出稼ぎにでなくても生まれ育った村で家族と共に暮らせる幸せを実現できる村づくりを目指して奮闘中。シェムリアップ暮らしも早18年目。すっかりカンボジア感覚になっている日本人の目線で、カンボジアからフレッシュな情報とカンボジアの日常をつづるブログ。

2012年09月

今、日本に来ています。
今日は由紀さおりさんのラジオ番組、『由紀さおり 笑顔のなかで』のゲストに呼んでいただき
収録に行ってきました。

数か月前からディレクターから『由紀さんがぜひ小島さんに出演してほしいと言っているので』と
いうご連絡をいただき、今回出演させていただくことになりました。
お会いしてわかったのですが、今年の3月に由紀さんがうちのお店にご来店くださっていて
その際に私のことを知って興味を持ってくださったとのこと。
『サチコバッグを愛用しているのよ〜』と弊店でたくさんお買い上げいただいた方にプレゼントしている
布の赤いバッグを使ってくださっていました。

テレビには何度か出演させていただいていますが、ラジオ番組の収録は初めてだったので
勝手が分からず少し緊張しましたが、由紀さんのとってもとっても気さくな雰囲気に、収録が始まって
からは由紀さんと普通におしゃべりをしていると思えるくらいリラックスしてお話させていただくことが
できました。

由紀さんが、「私は女性誌とかでインタビューを受けることが多いのだけれど、インタビューをされる
編集者の方とか、多くの女性が自分の生き方、キャリアの築き方にすごく悩んでいる人が多い。
女性とキャリア、女性と自己実現で悩み迷っている20代、30代の女性がたくさんいると思うんです。
そういう方に小島さんの生き方はロールモデルになり、メッセージを与えてあげることができると
思う」というようなことをおっしゃってくださいました。

私は今まで人に何かを伝えることが苦手で、どちらかというとできれば人前で話したり、自分の考えを
公に伝えることを拒んできました。
人は皆それぞれの人生を歩んでいるし、私が何かを伝えるなんておこがましいと思っていました。

でも、今回、自分自身も由紀さんという人生の先輩の考え方やお話を聞かせていただくことによって、とても刺激を受け自分の人生を改めて見つめなおしてみることができたり、アドバイスをいただくことによって考えても
いなかったことを思いつかせていただいたりしたんですよね。
そう思うと、お話を聞きたいと思っている人に何かを伝えていくことはとても大事なことかもしれないと
思えるようになりました。

今回、由紀さんにお会いできる!!というミーハーな気持ちでゲスト出演をさせていただきましたが
由紀さんとお話しして、その人間性にとても魅力を感じ、この出会いにとても感謝しています。
10月には全国ツアーがあるということで、ぜひコンサートにも伺いたいと思っています。

10月7日(日)お昼12時〜 TBSラジオ『由紀さおり 笑顔のなかで』に出演しますので、お時間が
あったらぜひお聴き下さい。











去年の5月まで工場マネージャーを務めてくれていたラタナに赤ちゃんが生まれたとのことで、久しぶりの再会をしてきました。
去年会社を辞めてから、自分でビジネスを始めたラタナ。1年3か月ぶりの再会でしたが、もともと細かった体がさらに細くなって、日に焼けて黒くなって、苦労しているなぁという感じがひしひしと伝わってきました。それでも家族のために頑張らなくてはと力強くたくさん話をしてくれて、久しぶりの再会が本当にうれしかった。

IMG_1079


2005年4月にうちの会社に入ってきたラタナはその頃20歳で、今よりももっとひょろひょろした体つきの全く話をしないおとなしい少年でした。
ちょうど今のお店の立ち上げのときだったので、朝からひたすら壁のペンキ塗りを黙々としていた姿を今でも思い出します。
コンポンチャム州で親の農業の手伝いをしていたラタナは、シェムリアップに仕事を探してでてきました。うちの会社で初めは運転手としてスタートしました。
よく働き、頭の回転の速いラタナはめきめきと成長していきました。運転手にしておいてはもったいないなと思い、2009年に日本人スタッフのもと、カンボジア人工場責任者に就任しました。
優秀な日本人管理者のもと、たくさんのことを吸収し、2010年には独り立ちし工場マネージャーに就任しました。工場のことをすべた把握し、色々なことに挑戦し、責任者としての務めをしっかりと全うしてくれていました。

2011年2月に、ラタナが自分で農業のビジネスをしたいので会社を辞めたいと言ってきました。彼の成長と旅立ちを心から嬉しく応援したいと思う反面、離れて行ってしまうことがすごくさびしかったのを覚えています。
1999年にカンボジアに来てから13年、私が関わってきたカンボジアの人の中でラタナほど成長した人を見たことがありません。彼の成長をそばで見守れることが私の何よりの喜びでした。教えれば教えるほどどんどん吸収していき、どんどん顔つきが精悍になり、水を得た魚のように生き生きと仕事をしている姿を見ると、私自身が自分の存在意義を感じさせてもらうことができました。
でも、人はみんなそれぞれの人生を歩んでいるのですから、彼の思いを大切に応援してやりたいと心から思いました。
ラタナは退職日の入っていない退職届を持ってきました。「会社にもマダムにも迷惑をかけたくありませんから、退職日はマダムが決めてください。その日までしっかりと働きます」と言ってきました。
契約書なんで何の意味もなく、自分の都合で都合のいい時に辞めていくのが当たり前なカンボジア社会の中で、そんな言葉を言ってきたラタナの成長に胸が熱くなりました。
資金も微々たるものでスタートするビジネスが、うまくいくかは未知数でしたし、会社にいたほうが安定した収入が確保できるのに、彼は「とにかくチャレンジしてみたい、やってみたい」と言っていました。そんな思いは私に自分がアンコールクッキーを始める時の気持ちを思いださせてくれました。
私も以前お世話になった会社の会長さんに、いい仕事のお話をいただいていたにもかかわらず、どうしても自分でやってみたいという思いが強く、自分で起業をしました。
カンボジアで食品業なんて絶対にうまくいかないと心配していただきましたが、やらずに終わらせたくない、とにかくチャレンジしてみたい、ただそれだけで突っ走ってきました。だから、ラタナのやってみたいという気持ちは痛いほどわかるし、会社にとって彼が抜けることは大きな痛手でも、応援したい、ただそれだけでした。

「本当に困ったとき、どうにもならなくなったとき、最後に絶対に私のことを思い出して必ず連絡してきなさいね。」と最後の日に彼に言いました。ちょっと困っただけだったら絶対に連絡してくるなと。

今月の私の誕生日に、うちのスタッフ経由でラタナがプレゼントを贈ってくれたので、お礼の電話をかけたのをきっかけに、1年3か月ぶりに再会を果たしました。
ビジネスは決してうまくいっているとは言えない様子でしたが、家族のためにやらなくてはいけないという強い言葉が聞けて、前向きにひたすら頑張っている姿が本当に嬉しかった。またいつか一緒に働きたいと心から思いました。

カンボジアに来て、たくさんの出会いがあり、別れがありました。
たくさんの幸せもあった反面、たくさんの苦しい思いがありました。
自分は何のためにここにいるんだろうと自問自答した夜がたくさんありました。
自分の存在を否定したくなることがたくさんありました。
でも、こうやって一緒に働いてよかったと言ってくれる人が一人でもいたら、自分がここに存在してきた意味があるのかなと思えました。

きっと死ぬまで自分は何のためにこの世にこの社会に存在しているのだろうと自問自答し続けるのかもしれません。誰かのために、社会のために役に立っていると感じられることが、私にとっての生きている喜びなのだと思います。

IMG_1076








2003年に会社設立の準備を始め、今年で会社も9年目になりました。
1999年にカンボジアに来て仕事を始め、今年で13年目になりました。
26歳でカンボジアに来た私が、今月で40歳になりました。
40歳という年齢に対しての思いはほとんどありませんが、20代半ばでカンボジアに来た自分が
40歳になったんだと思うと、このカンボジアで過ごしてきた月日を思い、感慨深い思いになります。

30代、必死になってアンコールクッキーを背負ってきました。とにかく必死に自分の信念を守り続ける
ために生きてきた10年でした。投げ出したくなる思いを必死に歯を食いしばって立ち向かってきました。
自分の信念がぶれないように、いつもぎりぎりのところで闘ってきた30代でした。

40代、もう少し余裕をもって、もっと心にゆとりをもって、自分にもう少し寛大になって、新しいステージで
自分らしく生きていきたい。そう思っています。

2年間もブログを書くことができませんでした。自分の正直な思いを書くことができないブログは意味がないと
思ってやめてしまいました。
9月に40歳になったのを機会に、色々なことが動き出している感じです。
自分が幸せになるために生きようと思います。
スタッフに対して笑顔になれない時間がたくさんありました。ある時を機会に自分を変えようと思って
無理にでも笑顔を作るようにしたら、スタッフの笑顔が増えました。
『マダムが笑っていると私たちもうれしい』とスタッフに言われたときに、自分が壁を作って一人で壁の中に
閉じこもっていただけなんだなと思いました。
誰にも頼らないで自分でやらなくてはいけないと、いつも自分を追い詰めてきました。
でも、もっとみんなに頼っていいんだよって言ってもらって少しずつ自分の壁を壊すことができるかなと
今は思っています。

40代、もっともっと突っ走ります!!幸せな人生を作るために。






このページのトップヘ