『どうしてカンボジアで仕事を始めたんですか』とよく聞かれます。

私はもともと日本で日本語教師をしていたのですが、学生時代から海外へ行って仕事をしたいという思いがありました。20代の半ば、海外での日本語教師の職を探していたところ、カンボジアの日本語学校の求人をたまたま見つけ、応募したのがカンボジアへ来るきっかけとなりました。

カンボジアでお世話になった学校は『山本日本語教育センター』という日本語学校。そこで約2年半カンボジアの人達に日本語を教える仕事をさせていただいたのですが、カンボジアのことを知るいい経験をさせていただきました。

その学校の卒業生が先日お店にやってきました。
彼女が卒業してからすでに6年の歳月がたっていて、私も彼女に会うのは5年ぶりくらいでしょうか。
すでに結婚して、子供も2人、5人の孤児の面倒も見ていて総勢7人の子供と一緒に暮らしているとのこと。頑張って生きている彼女の姿がとても嬉しく、とても頼もしく思いました。
自分の子供だけだって育てるのは大変だろうに、さらに孤児5人と一緒に暮らす彼女。私よりも10歳も年下なのに頭が下がる思いでした。

日本語学校に勤めているとき、たくさんの支援者の方が日本から本や筆記用具など色々な物をプレゼントしてくださいました。でも私の勤めていた学校の学生たちは学費も無料、寮費も無料、食費も提供されるという恵まれた環境で勉強していました。そのうえ、日本の方からたくさんの贈り物をもらうというのは、果たして彼らにとっていいことなのだろうかと考えることが多々ありました。

自分たちは貧しい国の人間で、お金持ちの日本の人達が寄付してくれるのは当たり前・・持っている人が持っていない人に分け与えるのは当たり前・・そんな感覚を持ってほしくないなぁといつも感じていました。

お金があるからボランティアができるというわけではなく、そこには心が必要だということを分かってもらいたいという思いから、いただいた絵本を自分たちだけのものにするのではなく、みんなで絵本の中の日本語をクメール語に翻訳し、オートバイで何時間もかけて田舎の小学校に絵本を届けに行ったりして、自分たちにもできるボランティアをやってみたりしていました。

久しぶりに再会した彼女は、旦那さんと一緒に小さな土地を借りて、そこに教室を作り学校へ行けない子供たちにクメール語を教えたり、英語を教えたりしているとのこと。さっそく彼女の学校を見せてもらいに行ってきました。
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小さな敷地でした。建物も竹やヤシの葉を使って作った教室で、雨季のスコールのときには雨がふきつけて入ってくるでしょう。お金をかけて作った立派な校舎ではないけれど、それでも素晴らしい学校だなぁと思いました。

カンボジア人の先生たちも一生懸命教えていました。英語を教えていた先生は授業中ほとんどクメール語を口にせず、英語だけで授業を進めていて、まる暗記が主流のカンボジアの教育の中で、絵を使って学習者の興味をひいたり、ロールプレイを取り入れたりと工夫した授業をしていました。






休み時間には子供たちは庭に飛び出してきて飛び回って遊んでいます。校庭にはお手製のブランコまでありました。
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カンボジアはカンボジアの人達がつくっていく。カンボジア人の考え方、流儀、道徳感。クメール王朝という一大帝国を築いた祖先をもつ民族ですから、時間がかかったとしても素晴らしい国を作っていけるはず。

カンボジアの教育をカンボジアの若い世代の人たちが担っていき、人材を育てていくことに力を注ごうとしている姿。それがどんなに微力であろうが、何か事を起こすことは素晴らしいことだと思うのです。


大変なことも苦労もたくさんあるでしょう。久しぶりの再会に私もとても懐かしく、二人で話し込んでいるうちに、彼女はだんだん涙ぐみ、家の中は大変です。結婚は大変です。と泣き出した。

みんな色々あるよね。学生だったあの頃は勉強も大変だったし、テストもつらいし、友達と喧嘩して泣くこともあったけど、学校とういカゴの中で守られて生きていた。

カゴから飛び出して社会に出て家族を持ち自分で生きていくってことは本当に大変なことの連続だろうね。

子供たちを育てる毎日で、時間もないし、自分は着飾ることもできないし、携帯電話も持てないですと。先生はいつも綺麗にしていてうらやましいと。

私は独り者だから、自分の時間とお金は自由に使える。でも仕事をやっていれば私も泣きたくなることはいっぱいあるんだよ。それでもその中にちょっとの嬉しいこととか、幸せだなぁって思えることがあるからまた頑張れる。
人生ってそんなものかなぁ。大変な毎日でも苦しい毎日でも、自分が生かされて自分の居場所があるってことは幸せなことだよね。誰かに必要とされて、自分の存在が誰かの支えになっているって生きるパワーになるんだよ。
大変な時はいろんなことを見失って見えなくなってしまうけれど、がむしゃらにやっていってふと振り返った時に改めて見えてくることもたくさんある。そこに作ってきた自分の道がある。
あんまりつらすぎたら、時には壁を乗り越えようと無理して自分を苦しめないで、遠回りしちゃってもいいのかもしれない。迂回路を通るのもまた人生かな。
あなたが必死に生きていれば、10年後、20年後、子供たちが何よりもの財産になるでしょう。自分が生きてきた証になるでしょう。あなたがいなければ彼らはここに存在しなかったのだから。

自分が選んだ人生。自分で始めた第一歩。やらない人生よりやってみたほうがきっと面白いよ。泣きたくなったらまたいつでも遊びにおいでね。