最近友達との会話の中で、「ご先祖様があっての今の自分なんだよね」とかいう言葉を発することがよくあります。
昨夜も女子会(女子会とかいう言葉を使うことがちょっと笑えます・・・・・でも使ってみたい 笑)をして、といっても女友達と2人でお酒を飲みながら気づいたら5時間もたっていたというほどよくしゃべっていたという夕食の時間、同年代女子との会話はやっぱり楽しくて今までの人生、そして今を生きること、そしてこれから。。。。と話は尽きない。

そういう中で、親のことを話すことも増えてきた。これが年を重ねるってことかな。

私は初対面の人から、親御さんは何をされているんですか?どういう育てられ方をしたんですか?となんだかネガティブなのかポジティブなのかよくわからない質問を受けることがよくあります。
たぶんそういう質問をされる方から見ると、私はあまりにも突拍子もない生き方というか考え方とかをしているのかもしれないですね。だからそれは親の影響かと思われるわけですね。

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母の故郷(群馬県沼田市)

私の両親は私のように海外へ出てみたいというタイプの人たちでもなく、今も2人とも健在で群馬に住んでいます。2人とも70代半ば、団塊世代のちょっと前に生まれて戦後の世の中を生きてきた人たちです。
東京に生まれた父と、群馬生まれの母が友人の紹介で出逢っていなければ、私は今ここにいないわけですから、今ここに命を与えていただいて生きているっていうことはものすごい奇跡なのだなぁと思います。

自分の人生を振り返ってみると、親に何かを相談したということはほとんどなく、自分がやりたいことを自分で決めてきて親に事後報告ということばかりで、カンボジアに赴任することが決まった時も事前に全く相談もせずに突然「来月からカンボジアで仕事が決まったからカンボジアへ行ってきます」と報告。
親からすれば、え?何?カンボジア?!って感じでしたよね、きっと。

大学3年の時に大学での勉強に意味を見出せなくて学校を辞めようって決めた時も、横浜のアパートを引き払って引っ越し屋さんに全部荷物を運んでもらって自分は群馬の自宅に帰宅。
「あれ〜、突然帰ってきてびっくり!学校はお休み?」と娘の久しぶりの帰宅に喜ぶ母に、「学校やめるからアパートも引き払ったよ、荷物ももうすぐ着くから」と事後報告。唖然とする母。

さすがにこの時の自分の行動はよかったのか?と後から省みた。

私が大学に合格した時に、両親は本当に喜んでくれた。特に普段はめったに喋らない父が、自分の子供が大学に入ったということを殊更に喜んでいた姿を見て驚いた。
父は家庭の事情で中学を卒業して働かなくてはいけなかったので、大学なんて行けなかった。そんな自分の子供が大学まで行けたということがものすごい喜びだったらしい。そんなことを一度も聞いたことがなかったから、学歴社会の中で父が大変な思いをしながら私たちのために働いてきたてくれたんだなぁと思ったりもした。

それなのに、せっかく合格して親にお金を出していただいて大学に入ったのに、簡単にやめることを決めて(自分の中では簡単ではなく、必死に考えてだした結論だったんだけど)「大学にやりたいことがないってわかったからやめることにした」という一言で片づけるのはあまりにも失礼だったなと。
(後日、大学は休学にしておいて旅にでて、最終的には大学に戻り1年遅れで卒業しました)

そして、大学を卒業しても就職しないでフリーターをしていた私。
朝のミスドから始まり、酒屋とか居酒屋とかファミレスとか1日3つとか掛け持ちしてバイトをしていた。
自分なりには色々と考えがあってのことだったけれど、親からすればせっかく大学まで行かせたのに。。。。という想いがなかったわけがないと思う。

でも今こうやって振り返ってみると、そういう私の勝手な行動や決断に対して両親から何かを言われたことは全くなかった。
いつも私のやることを黙ってみてくれていた。

カンボジアに来てから17年。
母から「幸子がカンボジアに行っていると知ったお友達に、『よく10年以上も前にカンボジアに娘を行かせたわね〜、反対しなかったの?』ってよく云われるんだけど、自分で決めたことを誰かに反対されたからってやめる子じゃなかったからね。親が反対してもやめるわけないってわかっていたしね」と最近言われた。
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母と2人の写真も3年前くらいもの。最近一緒に写真も撮っていないなぁ。


たぶん、親のほうが心配で眠れない日々を過ごしていたと思う。
けがで入院したり、病気になったり、今のパブストリートに15年前にお店をだしたけれどある日全部盗まれてしまってお店がもぬけの殻になっていたり、その後今の会社を立ち上げて寝る間もないほど働きづめていたり、私は必死で無我夢中で毎日を過ごしていたけれど、親からすると何も手助けができずにただ見守るしかない日々、歯がゆい思いもたくさんあっただろうな。

それでも私のやることをすべて信じてくれていつも見守ってくれてきた両親。
18歳で親元を離れて、そばにいてあげることもなく、自分の好きなように生きている娘に
『どこにいようと、幸子が笑顔で幸せで毎日を過ごしていることが何より幸せ』と言ってくれる。
そんな親がいるから私は安心して生きていられるのだと思う。

これからも私は日本に戻って暮らすことはないし、そばにいることはないけれど、距離は離れていてもお互いを思う気持ちがあれば、それで十分だと思う(という子供の勝手な都合・・・)

ご先祖様から受け継いだ尊い命を大切に自分の人生の使命を全うすることが何よりの親孝行だと信じて、まだまだ道半ば、あと30年自分の使命を全うして生きていきたい。